お鯉さん

 去年の暮れ11月20日お鯉さんのライブを聴いた。この日、二回目の公演ということで、お疲れなのではないかと心配したが、三味線を手に、ステージの椅子に座った九一才のお鯉さんの姿は、凛としていてすがすがしさが感じられた。おしかけた大勢のファンの熱気に会場は騒然としていたが、演奏が始まるや、その三味の音とともに歌われる端唄、小唄に場内はシンとなり、その美しさに心をうばわれた。美しく老いるという言葉があるが、歌う声はもちろん、話す声にもこれっぽちも老いは感じられなかった。

 ホロビッツ、セゴヴィア、イエペスといった偉大な芸術家の晩年の演奏を目にしてきたが、お鯉さんのみずみずしさは、こうした巨匠たちとちがって、ほんとに生活と共に芸に生きてきた人間としての誇りが感じられ、それがまた心をゆさぶるのである。磨き抜かれた芸というのだろうか、なんのてらいもなく、話しかけるように、きれいな歌声がこぼれ出る感じだった。瞬く間に時間がたちフィナーレはもちろん「よしこの」。お鯉さんの三味線で踊れるチャンスなんてそうはない、場内に響きわたるよしこののリズムに、私は大好きな阿波踊りを踊りだした。この時お土産に頂いた2枚のCD「阿波の心」「想い出の唄」には、よしこのをはじめとして、貴重な端唄、小唄がたっぷりと録音されていて、音楽的にも歴史的にも非常に価値あるものとなっている。

 さて話は変わるが、昨年11月18日に発表された文部省の小中学校指導要領改訂案によると、平成14年度には中学校の音楽教育に和楽器の導入が推奨されている。過去に学校教育の中で和楽器や邦楽と言ったものが特殊扱いされてきた経緯もあり、身近であるはずの和楽器が、かえって近寄りがたいものとなっている事を憂慮しての措置であろう。

 とかく敷居が高く感じられる邦楽の中で、庶民派と言ったら失礼かも知れないけれど、お鯉さんの歌はとても親しみやすく、遠い存在になりがちな邦楽を私たちの心の歌として復活させてくれそうな魅力を持っている。お鯉さんの存在は、私たち徳島に住むものにとっては、阿波踊りと共に生き続ける「よしこの」そのものであり、数々の民間伝承歌を歴史的に伝える大変貴重な存在である。音楽のあるべき姿を伝え続けるお鯉さんにも、きっと良いお正月が訪れた事と思うとうれしくなる私である。



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