川竹道夫エッセイ集
徳島新聞「視点」

デジタルデバイド

 正月の各新聞紙面は21世紀の幕開けとIT(情報技術)による新しい世の中の到来を華々しく告げていた。世界中の人がIT端末を持ち、あふれる情報の中で知的で豊かな生活を享受できるであろう事を伝える記事であったが、その中でデジタルデバイドという言葉が私の心をとらえた。ITの格差、あるいはIT教育の程度によって、享受される情報に格差が生じ、結果として、文化的、経済的にも格差が生じてしまう事を表現したもので、2000年の沖縄サミットで取り上げられたことで、一般的に使われるようになった言葉だ。
 インターネットで欲しい情報をスイスイ取り出して、趣味やビジネスに生かしている人を見て、私もあんなに使いこなせたら..と思う人も多いのではないだろうか。ITの差によって既に格差が生まれているのである。株式の売買も端末機器さえ整えば家庭にいながら、最小単位の取引が24時間可能である。大学の入学試験や、就職試験もインターネットによる受付が、益々盛んになるだろうし、飛行機の切符や、日用品さえインターネットによる購入の方が安くていいものを早く手に入れるようになるだろう。そうなるとIT環境に恵まれ、手慣れた人はますます快適に過ごせるようになり、それを操作できない人は、指をくわえて眺めていなくてはならなくなる。当然経済的な格差も生まれるという訳だ。
 国と国の間にもデジタルデバイドはある。国家間の格差を問題にするなら、日本はITにおいては、遅れていると言わざるを得ない状況にある。こうした背景もあって、政府はIT革命を推進し国家間のデジタルデバイドを解消しようと躍起になっているのだろう。しかし政府のIT推進路線にのって、学校や企業が真剣にIT教育を進め、ITが発達すればするほど、逆に個人レベルのデジタルデバイドは深刻な問題になりはしないのだろうか。
 現時点ではITの発達によって起こる情報ラッシュに、人間がどれだけ絶えられるかとか、ITによって得られた文化的経済的な優位が、人生にとってどれほどの価値を持つものであるかという議論はほとんどされていないが、好むと好まざるに関わらず、必ずやってくるデジタルデバイドに、人それぞれがそれぞれのレベルで考えなくてはならない時代が来ているのは間違いない。


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