発泡酒

 我が家は夕食が10時を回ることは珍しくない。それぞれが仕事を持っているのでこんな時間になってしまうのだ。仕事を終えての晩酌は、一日で一番楽しい時間であるはずなのだが、その日は違った。ビールを一本飲み、「今夜は新しいお酒を開けましょうね」と持ってきた酒が、事件の始まりであった。私はお酒がつがれるのを待っていたわけだが、突然「ぽーん」という音と共に、瓶の栓がはじけた。 

 シャンパンの如く勢い良く飛び出す泡状のお酒。妻が必至で瓶の口を親指で押さえようとしているが押さえられない。とっさに口を持っていったが、それで間に合うような量ではない。顔に集中攻撃を受けた妻は「目が痛い」と叫びながら、タオルをまさぐっていた。衣服はびしょぬれ、テーブルは酒びたし、部屋中に酒が飛び散って、おさまった頃には、一升瓶の3分の一はなくなっていた。

 妻はとっさに事情が飲み込めなかったようだ。開けようとしたのはシャンパンではなく紛れもない純米吟醸酒だ。開けた瞬間吟醸香がして、ひとしきり香りを楽しんだのち口に含むのが通例であっただけに、あまりの不意打ちに気が動転していた。それでも気を取り直して、味わってみたが、味も香りも良くない。さっぱりだ。次第に怒りがこみ上げてきて、もう一度ビールを飲み直して寝ようという事になった。だが憤懣やるかたない妻、とりあえず販売店にファックスで簡単な経緯を知らせた。この時すでに深夜二時頃にはなっていただろう。翌日、蔵元にクレームの電話をしたが、工場長と名乗る人が応対に出た。言葉は丁寧だが、「開け方が悪い」、「お客様からはもっとガスを強くしてくれと言う苦情を頂くくらいだ」という。話の筋から判断すると、その酒に対する私たち認識のなさをあざ笑っているかのようであった。最後まで謝罪の言葉は聞かれなかった。

 後で分かったことだが、この酒は大変危険な酒だそうで、開け方にも秘伝があったらしい。知らずにこんな危険な酒を買った方も悪いが、ラベルに発泡酒の一言の表示もなかったのも解せない。

 これから夏に向かって消費もぐんと増えるビール。地ビールや発泡酒も加わって、選ぶ楽しみも増えたが、得体の知れないお酒には、それなりの覚悟もいる。
中身が分かった上で、お酒は楽しく飲みたいものである。

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