川竹道夫エッセイ集
徳島新聞「視点」

忘年会の珍客

昨年のことである。暮れも押し迫った11月下旬、一通のEメールが届いた。海外から来る得体の知れないメールには注意せよ、と日頃言っている私ではあったが、そのメールを読んで大変興味を引かれた。メールの送り主、ラファエルと名乗る男はスペイン政府の給付を受けて、世界を音楽の武者修行で回っているとの事。日本では1週間ぐらい過ごすのだが、何か自分に出来る事はないかと言っている。要するにコンサートとか講習会とかを企画してくれとの事だった。ラファエルはスペイン内では若手の中堅ギタリストらしく、数枚のCDをリリースしているものの、日本まではその名前は届いていなかった。
 何度かのメールのやりとりの後、私たちはその青年を忘年会の日に徳島に迎える事にした。こちらからの航空券や新幹線のアドバイスには耳も貸さず、周遊券を持っている彼は夜行の鈍行列車を乗り継いで、大きな手荷物を4つも抱えて徳島に降り立った。我が家に案内すると、早速パソコンの前に座り次の行き先の人とEメールで連絡を取っている。
どうやら彼は、インターネットでギターに興味の有りそうなホームページを検索し、手当たり次第にEメールであたりをつけ、世界を走り回ってるらしい。
 翌日、忘年会に先だってミニコンサートが開かれた。バリッとしたタキシードに着替えた彼は別人のように立派に見えた。あの大きな荷物のどこかにちゃんとステージ衣装やCDも入っていたのだった。もちろん、前途有望なスペインの若手ギタリストの演奏に我々は大いに満足し、その後の忘年会が、彼を交えて大変盛り上がった事は言うまでもない。持ってきたCDの売り行きも順調で、彼はご機嫌だった。二次会、三次会と、あっという間に時間は過ぎ、午前3時を回った。もっと遊びたいという彼を説得し、引き連れて帰り、仲間の自宅に宿泊させ、翌朝次の滞在先に見送った。徳島滞在の3日間はこうして終わったが、その後のメールで徳島の夜が最高に楽しかった事を告げていた。
 つい先日、そのラファエルから久しぶりのEメールが届いた。今は南米にいるらしいが、春になったらまた遊ぼうと再度の来徳をほのめかしている。一年前の珍客、あのスペインのギタリスト、ラファエル・セラジェット、今年はどこで忘年会を迎えるのだろう。


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